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いま世界の自動車会社の首脳は、日ごと夜ごと、二一世紀の生き残り策の構築に思いをめぐらせている。
その選択肢のひとつに、国境を越えた再編問題があることは、いうまでもない。
いや、それが当分は焦眉の急となりつつある。
人の結婚にもいろいろなコンビがあり、そこから喜怒哀楽が生まれているように、再編成にもさまざまなパターンがあり、そこから喜怒哀楽が生まれている。
それを支配するのが、その企業の歴史であり、文化であり、あるいは戦略構想なのである。
いま世界の再編はどのようにすすめられ、どのような効果をねらっているのだろうか。
一九九八年九月一六日、前日の深夜から五号台風が吹きあれていた。
その日、世界最大の企業GMは、日本の最小自動車メーカー、スズキと、東京の経団連会館で緊急記者会見を開いた。
内容は、GMがこれまでもっていたスズキの株式三・三%を、一〇・〇〇九%に引き上げるとともに、小型車分野などで提携関係を強化するというものであった。
会見は、一〇時三〇分から十時三〇分まで、わずか一時間であった。
ところが、それにしては会見に臨んだ両社の顔ぶれが、そうそうたるものだった。
スズキ側からの鈴木社長は当然としても、GMからはスミス会長(owo)が、ナンバー・ツーのスミス会長は、前日午後八時に成田着、当日午後五時には成田を発って、デロイに戻るというトンボ返りの来日であった。
なにが、スミス会長をしてそこまでふみ切らせたのか。
かつてダイムラーC社合併発の記者会見は、C社の本社所在地でもなく 、ダイムラーのそれでもなく 、両社にとって三国であるイギリスのロンドンで行なわれた。
国境を越えた資本提携ともなれば、このように三国で発するのが、常識である。
にもかかわらず、今回は日本で行なわれた。
スミス会長の心底はうかがいしるべくもないが、なにかものすごさし迫った動機づけがあったことは、容易に想像できる。
それは、GMのフルライン政策のあせりであった。
これまでGMは、「お客のどんな目的にも、どんな予算にも応じられる(ToanypurpoSe,toanypurSe)」をあいことばに、フルサイズカーからコンパクカーまで取りそろえてきた。
ただし、それはあまで北米地域だけに通じるフルラインの概念によるものだった。
つまり、世界を視野に置いたフルライン政策ではなかった。
それは、どこがちがうのか。
いま地球人口と卓を買っている人の関係をみると、串の八〇%は、全地球人口のわずかに二〇%の人たちが買っているにすぎない。
残りの八〇%は、自動車には緑のない人たちとなっている。
そのほとんどは、いま開発途上にある国の人たちである。
たとえば、アジア、東欧、中米、南米、中東の国々である。
その彼らも、いずれは自動車を買うようになる。
すでにその波は、各地に押し寄せている。
その新しい客層にとって、これまでのGMのフルライン方式はまったく通用しなくなっている。
つまり、GMのもつ商品系列は、アメリカ国内で通用したフルライン方式であっても、地球全域に通用するフルライン方式ではなかった。
地球規模からみると、完全に空白の部分が生じてきたのであった。
そこが、スズキの得意とする分野だった。
この分野にいまから手をそめておことは、GMの世界戦略上、どうしても必須条件だった。
この畑だけは、世界の大企業同士がいかに大合併しょうと、よくなしうる領域ではなかった。
この重要な動機づけこそ、スミス会長をしてアメリカにンボ返りさせた理由である。
記者会見の席上、スミス会長は、「一〇年後のビジョンとしては、新しいタイプのミニカーによる交通システムを考える」ことを明らかにしている。
「それは、ベンツのスマーのようなものと考えてもいいのですか」という質問にたいして、「いや、途上国向けのコストの安いミニカーだ」といった。
GMが、開発途上国向けの卓を用意していることは、これまでにも知られていることだが、それが、「コストの安いミニカー」であることを明言したことは、かつてなかったのではないか。
「ならば、その開発には、GMが指導権をとりますか、スズキですか」と、さらに質問をかさねると、当然のことながら、それはどちらともいえないという、常識的な答えが返ってきた。
このやりとりは、スミス会長の来日の真意を語っているような印象を与えた。
ならばなぜ、GMはスズキの株式を一〇%強しかもとうとしなかったのか。
結論的にいえば、スズキに限らず、GMの再編パターンは、伝統的に点接触型なのである。
へいどんその差をわかりやす説明しよう。
点接触型の再編にたいすることばは、あえていえば併呑型である。
その典型は、フードであり、ダイムラー・ベンツであり、トヨタである。
周知のように、一九〇八年九月に設立されたGMは、同年一〇月にビユイック、十月にオールズ(現オールズモビル)、翌年にオークランド(現ポンティアック)、さらにキャデラックなど、合計二五社を傘下におさめた。
はじめから持ち株会社の体をなしていたのである。
これだけの会社を統括していくには、当然、現地主義による経営が不可欠であった。
統括すれども統治せずである。
この精神が生きていたから、イギリスのボグゾトルもドイツのオペルも同じGM傘下におさめながら、イギリスGM、あるいはドイツGMとはせず、あまで現社名を残した。
ドイツ人、イギリス人のなかには、いまもってオペル、ボグゾトルを、それぞれ自分たちの国の会社だと思っている人も、けっして少なくない。
たいするフードは、イギリス拠点を買収後すぐに、イギリス・フード(FordofBritain)と名づけへそれにたいしてもまた同じ方針をつらぬいた。
かつてドイツ・フード(FordofGermany)が開発したベストセラーカーに、タウナス1 7Mという名車があった。
タウナスとは、日本の富士山に匹敵するドイツの霊峰である。
それがべストセラーにランクされると、あろうことか、「フード」とブランド名を変えてしまった。
フードの名を前面に出したかったからである。
GMの再編戦略は、まったくちがっている。
点接触型が原点なのである。
いすゞの株式は四九%しか取得していないが、これはいろいろ事情はあるにしても、それは、点接触型の原点ゆえである。
トヨタは、GMとカリフリニアで合弁会社」をもっているが、ここも完全に点接触型である。
オペル、ボグゾトルの経営行動をみるといい。
そういう視点から、GM世界戦略を示すると、つぎのようになる。
これはへGM歴代の経営者に直接質したわけではない。
永年の取材感覚にもとづくものである。
GMの世界戦略は、つぎのようにみると、きわめてわかりやすい。
の領域(と)をアメリカ国内、左の領域(と)をアメリカ国外とする。
すると、上のような分担となる。
その各コーナーを守備するのが、つぎのGM関連各社である。
つまり、コーナー(国内乗用車)は、GM本体が固める。
ここには、トヨタと折半出資の 、スズキと折半出資のCJSが応援する。
コーナー(国内商用車)は、GMの完全子会社GMcとH2(北米B社トラックVolvoTruckSNorthAmerica)が固める.GMの商用車部門とGMcが急接近している。
コーナーを固めるのは、オペルとボグゾトルとサーブである。
といっても、主体はオペル。
一〇〇%出資のボグゾトルは、いまやオペルと同じブランドを手分けして生産して、ほとんどオペルのイギリス工場化している。
サーブは、かつてGMがフードとジャガー買収を競ったとき、その買収に失敗、つぎに白羽の矢を立てた会社である。
フードは、ジャガーを一〇〇%支配したが、GMのサーブ持ち株は五〇%である。
当時GMには、一〇〇%を買収できる資金的余裕がなかったことも事実である。
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